国を挙げて進める「働き方改革」と、サイボウズの社名がイコールで結びついている昨今。きっかけとなった大型プロモーションの動画「アリキリ」を見たことがある人も多いだろう。
その一連の企画に携わり、サイボウズ社のブランディングに幅広く携わっているのは、同社のコーポレートブランディング部で部長を務める大槻幸夫氏だ。
彼はいかにしてそのキャリアを築き、また成功し続けてきたのか。自身の「働き方改革」について話を聞いた。
サイボウズ株式会社
コーポレートブランディング部長
大槻幸夫
大学卒業後、知人とともに株式会社レスキューナウを創業。プロダクト企画と営業を主に担当。 2005 年にサイボウズ株式会社に転職。以来、マーケティングに従事。 2010 年ソーシャルコミュニケーション部長就任。2012 年 5 月、オウンドメディア『サイボウズ式』のスタートと共に編集長を務める。2015 年より現職。
マーケティングを学ぶために入った会社で、ブランディングを統括することになった理由
―大学卒業後に起業し、サイボウズに転職してからはマーケティングを軸に活動、現在はコーポレートブランディングを担っていると伺っています。まずは大槻さんのキャリア形成についてお聞かせください。
大槻: 経営=マーケティングだと思っていて、マーケティングスキルを身につけるために企業で仕事をしようと考えていたんです。だから、サイボウズの最終面接では、社長の青野に「40歳になったら独立します」と伝えていました。結果的には40歳をこえた今もサイボウズにいるわけですが(笑)
起業した当初は実質何でも屋だったので、マーケティングだけを深堀りしているわけにはいきませんでした。「製品企画も営業も法務もカスタマーサポートも全部やる!」みたいな感じになっちゃいますからね。
不器用なので何かにひとつに集中してないとダメなのは分かっていましたから、大きな企業に入ってマーケティングだけに集中できる環境にいれたのは、すごく幸せだなって思っています。
―大槻さんといえばサイボウズが打ち出すブランドコンテンツのヒットメーカーなイメージですが、現在は企画に携わっていないのでしょうか?
大槻: (笑) そうですね、現在は企画に直接携わってはおらずメンバーをサポートしています。コーポレートブランディング部は企業広報とオウンドメディア「サイボウズ式」を運営するチームの大きく2つに分かれているんですが、それぞれにリーダーがいて、ぼくの主な仕事は採用やメンバーの育成ですね。
最近では、サンフランシスコと上海にある支社のマーケティングチームをサポートする仕事も増えてきています。これまで培ったマーケティングやブランディングのノウハウを伝えていくことにトライしています。
―どんなことに課題を感じていらっしゃいますか?
大槻: 「サイボウズのマーケティングはこんな考え方をするんだよ」というノウハウを伝えるかの難しさでしょうか。アメリカにしろ中国にしろ文化が全然違いますし、もし「サイボウズ式 US 」みたいなものを立ち上げるにしても、まず US の社会課題について調べなければいけません。どう伝えたら認知が広がるのかも全くの未知数ですから。
サイボウズは 20 年の歴史があって、国内ではそこそこ知られてる会社です。ある意味ではゲタを履かせてもらっている状態だったんですね。でも US や中国では全く無名の会社なので、本当にゼロからのスタートなんです。そういった意味で大変だなと実感しているところです。
―なるほど、「マーケター」という言葉だけだと、どこが強みなのかわかりずらいと思いますが、大槻さんの「マーケターとしてのコア」の部分はどういったところでしょうか?
大槻: 「バリューを言語化して伝えていく」というのがメインの仕事なので、短期よりも長期的に取り組むことが強いと思います。「サイボウズ式」もそうなんですが、エバンジェリスト的な視点でコミュニケーションを設計するのが求められている能力だと思っていますし、実際に評価を頂いているところでもあります。
例えば、今年から「サイボウズ製品は他社とどこが違うのか」「サイボウズ製品の良さって何なんだろうか」といったことを突き詰めて形にし、それをランディングページや冊子、はたまたプレゼンといったさまざまな手法で伝えていくことにメンバーと共に取り組んでいます。
その観点で評価を頂けると、自分なりの役目を果たしてるなという喜びはありますね。
「ストーリーを伝えること」の大事さに気づいた、2つのターニングポイント
―成長のターニングポイントについてお聞かせください。何か明確なできごとがあったりするでしょうか?
大槻: サイボウズの中でという意味では、「サイボウズ式」と働くママのワークスタイルムービー「大丈夫」の 2 つの成果が大きいと思います。
―それぞれ深掘りできればと思います。まずは「サイボウズ式」について教えてください。
大槻: 「サイボウズ式」は 2012 年に立ち上げたオウンドメディアです。自社製品をダイレクトに訴求するのではなく、「新しい価値を生み出すチームのための、コラボレーションとITの情報サイト」と銘打ち、ストーリー形式で記事を届けるかたちでスタートしました。このメディアが成功したことで、ストーリーを伝えることの大事さを実感できました。
―社長の青野さんに企画提案したところ、快諾してもらえたと伺っています。もしダメだと言われていたらどうされていましたか?
大槻: じつはサイボウズとして、オウンドメディアは2回目のチャレンジなんです。 2007 年に 1度実施したことがあるんですが、その頃は SNS も普及していなかったこともあり、全然人も集まらずに終わってしまいました。
ぼくとしてはリベンジの気持ちが強かったですし、どうしてもやりたいという信念があったので、時間を置いて手を変え品を変え「こういうのが必要です」って言い続けたと思いますね。
― 1回目の失敗について詳しくお聞きしたいです。
大槻: そのときは自社製品のプロモーションブログといった体裁でした。オウンドメディアといっても内容はプロモーションに特化していましたし、そんなところに読者はやって来ませんよね。だから「やる意味がない」というのが理由でした。
現在の「サイボウズ式」はコーポレートブランディングを目的としていることもあり、採用にも繋がるし、波及効果のバリエーションも増えています。そういったところに、青野も面白みを感じたんじゃないかと思いますね。
―ありがとうございます。ワークスタイルムービー「大丈夫」についてもお願いします。
大槻: こちらは「サイボウズ式」でのストーリーを伝えることの大事さを学び、それを動画という異なるメディアでより多くの人にメッセージを届けることができたという意味で、自分の成長につながったと考えています。運も良かったのですが、自分が考えていたことが正しかったという答え合わせができたのも大きいですね。
ムービーでは、共働きの家庭で子育てをしているお母さんのある1日を描いてるだけで全く製品のことを言ってないし、インパクトを出すのがが定石といわれるネット動画の世界でかなり素朴な映像作品であるため、本当に反響が生まれるのか不安ではありました。
―かなり大掛かりなプロモーションだったと記憶しています。
そうですね、サイボウズ式は低予算でしたし、実験的なところもあったのでそこまでではないですが、「大丈夫」はプレッシャーが大きくて公開までの数ヶ月は眠れない日々が続きました。当時働くママを取り扱ったCMで炎上している企業もありましたし、かといって答えがあるわけではないですから、最後までずっと悩んでいましたね。
でも、サイボウズは自分たち自身も働き方改革に取り組んでいるんだし、何より社内で働くパパ・ママは「これはいい」と言ってくれているということが背中を押してくれました。だから何を言われても「ぼくらはこう思ってるだけなんですよ」って答えられる自信がありました。
サイボウズのコーポレートブランディングを担う上で、この2つの経験はとても大きなターニングポイントだったと思いますね。
外の視点でものごとを捉え、自分なりのロジックで説明できる人は強い
―マーケターとして成果を出し続けられるポイントは何でしょうか?
大槻: 「何を求められてるかを外の視点でよく見ている」というところかなと思います。マーケターって「社内のいいところをバズるかたちで見せたい!」といった社内発の視点で考えがちじゃないでしょうか。
でも、今SNSで何が盛り上がっているか、世の中で話題になっていることは何か、世間は何に関心を持ってるか、そしてその人たちからサイボウズはどう見えてるか、といったことがベースにないと良い企画は生まれません。外の視点を意識し続けられてるからこそ、今の自分があると感じています。
―何か具体的なエピソードはありますか?
大槻: 基本的にサイボウズの本質と合うテーマが見つからないときは、無理に企画を進めないようにしています。ワークスタイルムービーの「大丈夫」を企画したときには、「これからは働くママが社会の関心事になる」と感じていました。
でも、その次にテーマとしたパパはそれほど盛り上がりませんでした。「大丈夫」のときよりも社会の認知が進んで落ち着いていたということもありますが、これは独りよがりになってしまったのが原因と考えています。「ママの次はパパだよね」というのは社会の関心でもなんでもなく、ただの思いこみだったんです。
―たしかにパパのムービーは賛否両論の意見が飛び交っていましたね。
大槻: そうなんです、テーマを見失っていたのだと思います。そんな中、去年はクラウドサービスの kintone を運営するチームが「働き方改革って何かやらされてる感じがするし、現場にとっては無茶ぶりだよね」というテーマを深掘りし、大きな反響を生んでいました。
そのタイミングで20周年を迎え、「サイボウズでこのテーマを深掘りするべき」となったときにプレミアムフライデーという絶好のネタが出てきました。これをやらずしてどうするんだということでプロジェクトが進み、幸いなことにこれもうまくいったんです。
―なるほど、そういった視点を持てたきっかけはあるのでしょうか。
大槻: それはやはり「サイボウズ式」というオウンドメディアを立ち上げたことが大きいと思っています。もともとサイボウズ式は、社外の意見や考えを聞きたいと思ったことから立ち上げたメディアなんです。
日々の記事発信による反応も見えますし、話を聞くために競合となる企業にも足を運んだりしました。そこから世の中のリアルな姿をつかんで編集していけたという経験が活きていますね。
―ちなみに成果を出し続けられる人に共通点はあるでしょうか
大槻:「独自のロジックでできごとを分解し、理解することができる人」でしょうか。自分独自のメガネを持っていることが大切ですね。
「いまオウンドメディアが来てますよ」だとか「これからは動画だ」「テレビはもうダメだ」なんていう一般論みたいなものに振り回されず、自分の言葉や考え方で世の中を捉えられることが重要です。
あとはUSJを復活させたマーケターの森岡さんが成功のロジックを数式で説明したように、「ヒットしたのはこういうロジックです」と自分なりに説明できる人は強いと思います。
今の自分たちに必要なのはこれだと言えるような人が成果を出し続けられるんじゃないでしょうか。
そんなメガネを通じて、自分たちが今どんな状況にあるのかを感じとる力。それをロジカルに分解して理解できること。この2つが組み合わさることで、優れた企画を生み出せる人になると思っています。
―世の中で起きていることを自分なりに分解し、理解できているからこそ企画を生み出せるということでしょうか?
大槻: そうですね。Webメディアで言うなら、良い対談記事って予想もしない人を掛け合わせることがひとつ成功例としてあるじゃないですか。Eテレ(NHK)の「SWITCHインタビュー 達人達(たち)」みたいな感じですね。あれって人の表面的な属性にとらわれないで、この人たちの共通点は何かを理解することで、組み合わせに面白さが出てきたりすると思うんです。
例えばスポーツ選手同士の対談って普通ですし、特に意外性はありません。でも、その人がもしセルフマネジメント力がすごい人だったとしたら、同じ能力を持つ芸術家やビジネスパーソンといった人を掛け合わせて、セルフマネジメントをテーマに話してもらえばどうでしょうか。見た目は異色ですが、通じ合っている人同士のエピソードから、すごく面白い引き出しがいくつも出てくるんじゃないでしょうか。
これが実現できたら編集者冥利につきると思いますし、こういったウリになることと世の中の関心事をうまく合わせることができると、さらに良くなっていくと思いますね。
市場価値を上げる、自分自身の「働き方改革」
―転職ドラフトは自分の市場価値を測るために使うこともできるサービスですが、大槻さんは自分の市場価値を意識されたりはするのでしょうか。
大槻: 意識してはいますね。講演依頼を求められればできるだけ応えるようにしていますし、自分がマーケティングやブランディングといった分野でどれくらい貢献できているかは気にするようにしています。
時折、声をかけてくるヘッドハンターに自分の市場価値を聞いてみたりもしています。そうした中で、40歳ぐらいになってくると事業を成長させる人が世の中では求められていて、ニーズとして大きいんだなってことがわかってきました。
―そうなんですね!それによって大槻さんの行動に変化はありましたか?
大槻: こういった情報を知らなければ、ひょっとすると「サイボウズ式」をただグロースさせることだけに必死になっていたかもしれません。マーケティングやブランディングという分野で自分自身の市場価値を上げていくために、少しずつ製品を絡めたコンテンツをつくってみたり、USや中国での展開に繋げていくにはどうしたらいいかと発想するようになったきっかけになっています。
―なるほど。他にも市場価値を上げる方法はあるでしょうか。
サイボウズでは副業を推進していて、メンバーにも副業している人がいます。部下をもつ経験って若いうちはなかなかできないんですけれど、副業先にチームがあったりすると、一緒に動いてもらうことの大切さも学んだりできますし、そこで成長することもできますよね。
特にポジションをなかなかもらえないような大企業に務めている若手の人は、ぜひ副業をやってみて「初めましての人たちを動かして成果にこだわって自分の力を発揮する」という経験をしてみると、成長が促進されるし新しいスキルへの気づきにもなるかなと思います。市場価値を上げるための新しい視点を得られたりもするんじゃないでしょうか。
―逆に気をつけたほうがいいことってあるでしょうか。
大槻: 何を成長させたいのかはっきりさせておく、ということでしょうか。「あなたの得意なことはなんですか?」という質問に答えられる何かを確立しないと、社内価値も市場価値も上がりにくいですから。ひとつでもいいので、「これだったら」ってものを磨いていくことが成長に繋がってくると思います。
大事なのは、「自分独自のメガネをつくる」と意識して働くことです。社外で自分の価値を再認識することで、「これってコモディティーだな」と気づけることもあります。それに自分が求められていると実感することで自信もついてくると思います。これって、マーケティングの基本でもある差別化につながるところだと思うんですね。
―掘り下げていくと、だんだんしんどくなってきて「やりたくないな」って思うタイプの人もいますよね。
大槻: 深掘りしていく力にしても横に広げていく力にしても、一種の得意技みたいなものですよね。どちらも立派なスキルだと思っていいんじゃないでしょうか。
ぼくはどちらかというと深掘りしたいタイプなんですけれど、ちょっとずついろんな分野をかじって、自社に足らないところを見つけて提案するのは、横に広げられる人でないと言えないですよね。
それにイノベーションって、異分野を掛け合わせての新しい手法を考えることから生まれるじゃないですか。「サイボウズ式」はブランディングとオウンドメディアの掛け合わせから生まれていますから、横型に広げていくのが得意な人はイノベーション人材かなと思いますね。
逆に深掘り人材というのは、改善や今あるものを強固にしていくのに向いてると思います。自分がどんなタイプなのかをしっかり理解しておく、というのが市場価値を上げるために大事なことなのかもしれませんね。
―なるほど、今日はありがとうございました!